大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成6年(ワ)1382号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年二月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文一項と同旨

第二  事案の概要

本件は、株式会社絹屋(以下「破産会社」という。)が破産宣告前に、取立委任のために被告に預けた別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)の返還を、破産管財人である原告が求めたところ、被告はこれを拒否してその満期に取立をした上で、被告の破産会社に対する債権の弁済に充当したので、被告は法律上の原因なしに破産会社の損失のもとに利得をしたとして、原告が被告に対し本件手形金相当額の不当利得の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  破産会社は、平成四年一二月二四日、京都地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

2  破産会社は、破産の申立に先立つ同年七月二九日付で被告に対して本件手形の取立を委任し、被告は本件手形を預っていた。

3  原告は、平成五年一月二一日、本件手形に関する取立委任契約が破産宣告により当然に終了したこと、又は同日付で原告において右契約を解除したことを理由として、被告に対して本件手形の返還を求めたが、被告はこれを拒絶した。

4  ところで、破産会社は被告との間で昭和六三年七月一一日付の銀行取引約定書(以下「本件取引約定」という。)を取り交わしているが、その四条三項によれば、「担保は、必ずしも法定の方法によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴行(被告)において取立、又は処分の上、その取得金から諸費用を差引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。」と合意されており、また同条四項によれば、「貴行(被告)に対する債務を履行しなかった場合には、貴行の占有している私(破産会社)の動産、手形その他の有価証券は、貴行において取立又は処分することができるものとし、この場合にもすべて前項に準じて取扱うことに同意します。」と合意されている(乙一)。

5  被告は破産会社に対し、本件取引約定のもとにおいて平成四年九月二一日、手形貸付の方法で金一〇〇〇万円を貸付けたところ、右貸付金については破産会社は破産直前の支払停止により期限の利益を失ったが、その残額は同五年一月二〇日現在で金九九五万〇六〇九円である。

6  被告は、本件手形の支払期日である同年一月三一日に、本件手形を取立て手形金の支払を受け、破産会社に対する6記載の貸付金残金の一部の弁済に充当した。

二  争点

1  被告のために本件手形につき商事留置権は成立するか。

2  右商事留置権の留置的効力は、破産宣告により失われるか否か。

3  被告の本件手形の任意処分権限はあるか。

三  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

前記争いのない事実等の2によると、被告は破産会社から本件手形につき取立委任を受けてこれを受け取り、本件手形を預っていたというのであるから、本件手形は被告と破産会社との商行為により被告の占有に帰したものというべきである。

そして、前記争いのない事実等の5のとおり、被告は破産会社に対して平成四年九月二一日付の貸付金債権を有していたところ、右債権については遅くとも破産宣告の時(平成四年一二月二四日)には破産会社は期限の利益を喪失して弁済期が到来したものであるから、本件手形について遅くとも右同日には商事留置権が成立したものとも認められる。

二  争点2について

右一で述べたところ及び前記争いのない事実等の1によれば、被告が本件手形につき有していた商事留置権は、破産会社が破産宣告を受けたことにより特別の先取特権とみなされることになる(破産法九三条一項)。しかしながら、右に伴い商事留置権の留置的効力が失われるか否かは一つの問題であって、被告はこれが失われないとしてるる主張するのであるが、以下の理由により留置的効力は破産宣告と同時に失効したものと解するのが相当である。

まず、仮に商事留置権の留置的効力が維持されるとすると、破産管財人が目的物の引渡請求をしてもこれを拒絶されることになるけれども、これは破産財団の整理を妨げ、破産手続の進捗を妨げる結果となる。これがゆえに破産法九三条二項は、原則的に留置権は破産宣告により効力を失う旨定めているのであるが、この理は民事留置権(一般の留置権)と商事留置権とで異なるところはない。ただ、商事留置権は特別の先取特権と看做されるのであるから、留置権者の主導権において別除権を行使して目的物の換価を行うことができる(破産法九二条、九五条)のであるが、留置権者が別除権を行使しなければ、目的物は換価されずにいわば宙に浮いた形になってしまい著しく不当な結果となる。ここで、破産管財人が主導権をもって換価を行うことも認められているが、そのためには目的物の引渡を受ける必要が存するところ、仮に商事留置権の留置的効力が維持されているとすると、破産管財人は通常留置権者に対してその被担保債権の全額を弁済しなければ引渡しを受けられないであろうから、結局、留置権者は被担保債権全額につき優先弁済を受けられることとなる。しかし、商事留置権は特別の先取特権とみなされるが、もともとその先取特権は他の先取特権に劣後するのであり、本来劣位の優先弁済効しか与えられていないのに、仮に留置的効力を認めると最先順位の優先弁済効を賦与したのと同一の結果となるのであって、これは破産法九三条一項但書の趣旨を没却するものといわざるを得ない。

また、会社更生法一六一条の二の規定の反対解釈として、これに対応する規定のない破産法にあっては、破産宣告によっても商事留置権の留置的効力には影響がないとする見解がある。しかしながら、会社更生法の分野においては、留置権は民事留置権であっても破産宣告により留置的効力が失効することはないとされているとともに、留置権は更生担保権とされているので、同条は、商事留置権の行使により更生に障害を生じる場合には、更生管財人に留置権の目的物に相当する金銭を供託することによって留置権を消滅させることを定めているのであり、要するに、商事留置権が更生担保権とされていることに由来する規定である。従って、この条文から破産宣告後の商事留置権の存続を導くことができるものとはいえない。

結局、債務者の破産宣告後は、商事留置権は、その留置的効力を失うものというべきである。

三  争点3について

破産法九五条によると、別除権者は、破産手続によらずに別除権を行使できるから、被告は民事執行法一九五条による競売により本件手形を換価処分できたわけである。が、更に、被告がこのような法定の方法によらずに、当事者間の約束に基づく任意処分を行うことができるか(破産法二〇四条一項)が一つの問題である。

この点について、被告は、本件約定書四条四項を根拠として、破産宣告後も被告において本件手形を取立て、その金員を被告の原告に対する貸付金債権に充当することができる旨主張する。

しかし、本件約定書四条四項は、本件に即していうと、被告が占有している有価証券等(本件手形)がある場合に、商事留置権の有無にかかわらず、被告においてそれを取立あるいは換価して、債権の回収に充てられるように被告に取立・処分権限を与えたものであって、有価証券等について原告の債務不履行を停止条件とする約定担保権を設定する趣旨のものではなく、被告の取立・処分権限の法的根拠は債務者(原告)からの委託である。そうであれば、債務者である原告に対する破産宣告により、右権限は消滅したものというべきである(民法六五六条、六五三条)から、被告の右主張は採用することができない。

四  以上の検討によれば、被告が原告より本件手形の返還請求を受けながら、これを拒否したことは違法であるといわざるを得ず、また本件手形につき法定の手続によらずに取立をした上で、その取立金を自己の破産会社に対する貸付金債権の弁済に充当したことは、なんら権限なくして行われたものということになるから、結局、被告は法律上の原因なくして原告の損失のもとに本件手形の額面金額相当の利得をえたものとして、金一〇〇万円の返還義務を負うものというべきである。なお、原告は、遅延損害金につき民事法定利率年五分ではなく、商事法定利率六分によって請求をするのでこの点について考えると、かかる場合における返還義務者は破産者又は財団が損失を被り、これに相当する金銭の利用の機会を失ったと認められる遅延損害金を付してこれを返還すべきものである(最高裁判所判決昭和四〇年四月二二日、民集一九巻三号六八九頁参照)ところ、前記第二、一の4及び5に認定したところによれば、本件で問題となっている金一〇〇万円については商行為に基づくものとしてその利率も年六分で考えるべきであり、原告の本訴請求はすべて理由あるに帰する。

以上の次第であって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角田正紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例